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2007年11月26日 (月)

暴言痛かった

言葉の暴力に心臓を突き刺されるような痛みを感じてたんですね、山形の女子高生のいじめによるものとみられる自殺に、学校の対応は例によって知らぬ存ぜぬ。

遺族の遺言の公表に、「この遺書を、根拠の見えないものと考えている」突き放すような校長のコメントには、怒りを覚えてしまいます。見えないものではなく見ようとしてないだけ、この場を責任逃れで通り過ぎようと政治家もどき。

じゃあ、どうすれば再発を防げるのか、先生方にレポートでも提出して欲しいですね。今度はなんて言って責任逃れしようか、ではなく未然に防ぐ方法ですよ。

も っと生徒一人一人のふれあいを大事にして欲しい。そこから希望が見え、ヒントが浮かび上がり、いじめをあぶり出すこともあろうかと思います。それがせめてこの子の死を無駄にしない方法であるはず。

もうひとつは、全学級に必ず数人からなるいじめ追放チームを作り、周りへの注意・喚起を促す、これだけでも少なくてもこのチームだけは、いじめには加担しないようになるし、いじめを受けてる人がいれば、相談にのってもらえたり、仲間になれるかも知れませんよね。

チームで話し合いをし、参加者を増やしていけばおのずといじめはなくなっていくことが期待できます。この提案はいかがでしょうか。

政府は、中学校での剣道や柔道の武道を必修化へ向けて、動き始まるようです。せっかくなら是非、実技だけではなく心の面にも武道を学習できるような計画を立てて欲しいものです。

いじめと感じられるようなことを親が察知したら無理に学校に行かせないこともひとつの方法であると思います。命を守ること最優先で考えていきましょう。親の理解も必要です。

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