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2008年2月26日 (火)

なぜ?と思うより時効制度

三浦和義逮捕今頃なぜ、どうして?ロス市警の会見も責任ある説明とは思えず、釈然としませんね。

しかし、重大犯罪に時効がないアメリカ、これを機に日本は時効の存在の問題を考えるよい機会ではないでしょうか。 時効を廃止して、この代わりに捜査責任期間を設定、なおかつそれが過ぎても犯人が名乗り出たり、新たな証拠が出てきた場合は、逮捕や拘束を免れないというように変えていった方がいいのではないかと思います。

犯罪者が時効まで逃げ切ろうとしたり、捕まっても無罪判決を受けてしまえば、永久に釈放されてしまうというようなことではなく、技術の進化により新たな証拠が出てくるという可能性はありますよね。

その時に再審して罰する。そうでなければ遺族は報われないでしょう。悪いことをしたら、一生びくびくしながら生きていかなければならないんですよ、ということを教えるような社会にしたほうがいいんじゃないでしょうかね。

ついでに言いますけど、心神耗弱者だから罪を問えない、あれもやめて欲しいよね。精神異常者に殺されたら、なにも言えないだなんてね。そういう人たちに凶器を持たせて野放しにしてる状況を、なんとかすべきですよね。

これがあるから、なにかにつけて精神鑑定を求めることが、罪を逃れる常套手段になっています。殺され損では、被害者は浮かばれない。真面目に生きてる人が、安心して生活できるような社会にして欲しい。そうは思いませんか!!

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2008年2月20日 (水)

互いに旅立ち 母へ

私が小さい頃、よくセーターを編んでだ母、毛糸ほぐしの手伝いで、丸い束になっている毛糸の輪の中に両腕を入れるようにして前に出し、少し離れたところで母が毛糸を引いて山になるようにおろしていく。

腕がだるくなっていって「疲れた」「もうちょっと」なんて言ったりしながら、何本かほぐし、それを機械の編み機に通して、編んでいく。近所の人からもしょっちゅう頼まれて、ずいぶん安く作ってあげてたようだった。できあがったセーターをとりに来た人が「そんなに安くていいんですか」と驚いてたのを思い出す。

まだ小学生にもなってなかったある日、泊まりに来てた親戚が帰るので、バスで母と駅まで送っていった帰り、寂しい気持ちで歩いて家に戻ってくる途中、起きた出来事。 下り坂のところ、足がすくんだようになって、道路の下を横切っている川に足が向かっていくのを止められず、はっと思った瞬間にそっちは危ないよ、と手を握ってくれた。母が気がついてくれなかったら間違いなく川に落ちていただろう。

中学校の卒業式で、私が総代に立ったことを、内心は喜んでいるようだった母。高校生の時に、毎日作ってもらってた弁当。部活で朝、どんなに早起きの日でも、その前には起きてて、朝ごはんや弁当を作ってくれていた。目玉焼きや肉が入っていて、とてもおいしかった。

大学に入って東京住まいで、いっしょに上京、近くの商店街に行ったり、翌日は大学までいった。九段下で降りて靖国神社の大きな鳥居をくぐってお参りに、その時そこがどういう神社なのかはよく知らないでいた。月見そばだったか食べた思い出が残ってる。

今の店に従事して、まったく休みが取れないままきてしまっていたけれど、13年ぶりだったかな、帰省した時、家の中も回りも変わってしまっていたけれども、いつまで子供だと思っているのか、お金をくれた。次の年にも帰ったけれども、母はまだまだ元気だった。

体が弱ってきて、食事もできなくなってきたというのに、入院を断っていたらしいけど、それが母のやさしさと遠慮の表現だったのだろう、15年やってきた店に別れを告げ、新しい店に行く間のわずかに与えられた休みの日に、今からまさに会いに行くよと出かけようとした矢先の訃報、まるでこの時空を見計らっていたようだった。

家に到着すると、すでに棺に入ってしまっていた母、冷たくなった額と頬、薄化粧をしたその顔はまるで2年前に亡くなった姉にそっくりだった。そして財布の中には、私の高校生の時の顔写真が2枚入っていたという。1枚は私が預かり、もう1枚は棺の中の母の胸に納めました。

母の旅立ち、私の新しい門出を見守って欲しいとか、手心を加えて欲しいなんて言うつもりはないけれども、ただ見つめていてくれればそれでいい。私は地上から、母を見つめています。

高齢であっても、思考はいつもしっかりしていたし、やさしかった母、何十年ぶりで帰省しても元気で迎えてくれたけれども、これからはいつどこへ行っても会えなくなってしまったね。私の心の中で、ずっと生き続けていてもらえるように、明かりを絶やさず灯し続けていきます。

これからも宜しく。
母へ

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2008年2月15日 (金)

地球への嘆き

死刑廃止国が増えるその一方では、人種や思想が違うというだけで、虐殺が平然と行われ、そういった上に平和の祭典と名乗るものが行われる、これが地球上の現実であり実態です。

他人が殺されるのはいいけれど、自分は殺す側に回りたい、でも周りからはよく思われたい、ここに人間の本質を見るような気がします。

国々の紛争において、解決機関の国連に、一部の数国だけが拒否権を持って牛耳っているのであれば、なにも解決することはありません。人間を裁くのであれば、本来は人間を超えるものでなければならず、国家間なら国連は超国家的なものでなければならないはずです。なぜなら私利私欲に走る人間や国家では、解決は困難だからです。

文化やスポーツの交流は、平和裏に発展する期待も、政治力の介入、暴力の乱入、それはどんどん平和領域を蝕んでいきます。人類が発明した道具は、めざましい発展を遂げるも、その利用は平和と兵器と真っ二つ、エゴをぶつけ合って、破滅の道へと進むものと思っています。

国内に目を向けても、人を蹴落とし傷をつけて、倒れた人を階段にして上って行く、社会はそれを容認しています。地位を手に入れたら、あとはいかに素振りで維持していくか、そこに貢献というものは感じられません。

ある問題の側面だけ捉えて、強弁する無責任さが闊歩しています。すべての問題を同じ土俵に上げて討論できない人たち、その顔ぶれに引け腰の人たち、火の粉を被りたくない人たち、こういった人たちがなにもしないことによって犯している多くの罪に、気がつかないでいます。

正義に鑑み、ばれるからやらない、ばれないからやるということではなく、道に外れたことは始めからしない、これこそ武士道、うそをつけば人は騙せても、自分を騙せるものではありません。

片一方の話しを鵜呑みにしないで、もう片方の意見も聞いていく、自分の言いたいことを言っても相手にも発言の機会を与える、これが民主主義のルールであると信じています。

ルールを守ることより、感情の赴くままに行動した時、欲のぶつかり合いとなり、暴力のせめぎ合い、愚かな殺し合い、野蛮な人間の世界と化し、そこに陽が当たることは永遠にないでしょう。

漫画の絵が原因で、本気になって死刑だ、殺せと叫び、それに応戦する世界の集団たち、低レベルの抗争としか思えません。過去の複雑な歴史からくるのでしょうけど、じゃあどこでストップさせるの?

花言葉には終りがあるけれど、やられたからやり返す不毛の闘い、そして止めることができない大勢の人間たち、愚かな地球人よ、永遠なれ。

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2008年2月 7日 (木)

利権の実態

国交省の出先機関は、ガソリン税で23万円ものマッサージチェア20台、そして90万円もするカラオケの機械(どっかで聞いたね)や、作業服と称してサッカー、野球のユニフォーム、テニスコート(駐車場として使用)を購入し、また宿舎の建設費用に使っていたことが明るみになってきています。

民主党菅代表代行、「古賀氏や二階氏の顔は、見るからに利権だけは手放さないという決意が表れている」このことに対し、自民党伊吹幹事長は、菅氏を訴えることを示唆しました。

事実関係は、どのようになっているのでしょうか。
自民党古賀選挙対策委員長の地元、福岡県一日200台しか走らない朧(おぼろ)大橋、総工費79億円、別名誠橋

二階総務会長地元、和歌山県那智勝浦道路、総工費1200億円、別名二階バイパスと言われているということです。

他に 竹下道路、中国横断自動車道、総事業費5000億円、
久間道路、西九州自動車道、1629億円
額賀道路、東関東自動車道水戸線、270億円
安倍道路、山陰自動車道7、00億円
町村道路、道央圏連絡道路、2000億円
青木道路、山陰自動車道、930億円
そして日本一交通量が少ない宗男道路(ムネオハウスだけじゃなかった)、さらには武部道路などもあるようですね。

すべてが、地元の人はもとより、ほとんど利用されない道路であるといわれています。 こうした道路建設に年間6兆円、10年間で60兆円の税金が使われる。この金額は、国土が26倍のアメリカと比較すると同規模、イギリスとの比較では10倍にもなる。(以上日刊ゲンダイから)

この議員たちは、仕事を請け負った業者から、献金を受け取り、選挙の時にまとまった票を頂く、そして仕事を与えるという構図、これはご承知の通りですね。

この利権を死守すべく、地方自治体が道路を作れなくなってもいいのか、というような人質をとったような言い方は、論理のすり替え、矛先を変えてしまっていますよね。

こういうことが平然と行われている、そして暫定のまま10年延長なんていうことが、いかに国民をばかにしたやり方であるのか、知らなければいけません。

宮崎県の東国原知事は、東九州自動車道はぜったい必要な道路で、暫定税率の維持を訴えるということですが、必要な道路だからイコール暫定税率維持という考え方は、浅はかです。 じゃあこの利権や無駄遣いはやむを得ないってこと?ほんとうに必要なところへは、ベースになっているガソリン税や、一般財源からでも持っていけばいいわけでしょう。 利権の温床、暫定税率は断固許すまじ!

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