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2008年4月18日 (金)

片手落ちの死刑執行放送

文化放送は「裁判員制度を前に、死刑の現状を広く伝えることは意義がある」として、53年前の死刑執行の様子を5月6日に、なまなましく放送するといいます。

これがなにを意図するのかは明らかであって、民間人の裁判の判断が、プロよりも厳しい判決になることにブレーキをかける狙いがあるものと思います。そして暗に死刑反対を匂わせてますね。まさか絞首刑じゃなくて銃殺がいいとか、薬殺が近代的だとかいう論点ではないでしょう。

死刑囚に死刑執行を伝える刑務官の声や、読経が流れる中、刑務官と死刑囚とが最期のやりとりをする様子などが収録されているというけれども、そういった中で、なんとか執行を中止させられないものか、かわいそうだなどという感情へ視聴者の思いを誘導しようという魂胆がありありです。

ならば、なぜ執行に至ったのか、どのような残虐な犯罪を犯したのかも、リアルに再現して報告するべきでしょう。刃物でメッタ突きにしたのか、灯油をかけて焼死させたのか、命乞いをしてるのに、穴に入れて生き埋めにしたのか、薬を飲ませてのこぎりでばらばらにして捨てたのか、詳細に報道しなさいよ。

ある部分だけピックアップして、心情を変えてしまおうというのは、メディアのプロパガンダであって許されるわけはない。遺族の了解も取っているということだけども、死刑囚の遺族じゃしゃあないだろう、被害者の遺族はまったく無視、殺された側への配慮は微塵も感じられない。

文化放送よ、あなた側の身内で残虐に殺された人がいてもこんな放送を企画をするっちゅうんかい。 

鳩山法務大臣になってから執行は10人目となった、なんていうのがニュースになること自体もおかしいんだよね、死刑が確定したら法の下に執行するのは、当たり前。

それにしても執行前に読経が流れるなんて、至れり尽くせり、ちょっと待て、生きてるうちに自分への読経を聞かされるなんて、ぎゃ~~恐怖を煽り立てられる、わ~考え出したらこれ、弔じゃなかった超恐~~い。

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